巨乳アイドルの先駆けとして人気を博した「堀江しのぶ」さん。
現在のグラビアアイドルのパイオニア的存在です。
堀江しのぶさんですが、芸能界の大御所に大層可愛がられていたそうです。
堀江しのぶさんが大御所芸能人に可愛がられていたわけを調査しました。
堀江しのぶさんのプロフィール
高校在学中にクラリオンガールコンテストで平凡パンチ・アイドル賞を受賞し、黒澤プロモーションの野田義治さん(のちのイエローキャブ2代目社長)の目にとまり芸能界入りしました。
健康的な体型と天真爛漫な性格、それに野田氏の懸命な売り込みあって瞬く間にトップアイドルへ駆け上がりました。
当時は「胸の大きな子=頭が悪い」という偏見があり、大きな胸を前面に出して売り出すスタイルは敬遠されがちでした。
それにアイドルが水着を着てグラビア写真を撮ることも、アイドルに対して大人の性を連想させるということで嫌がられていました。
そんな中、堀江さんは積極的に活動することによって大きなチャンスを掴みました。
大御所たちに可愛がられるわけ
1985年には「毎度お騒がせします」にレギュラー出演。
そこで共演した坂東英二さんからは娘のように可愛がられていたそうです。
その後、NHKの時代劇「真田太平記」にも出演し、女優としての活躍の場を広げていきました。
1986年、バラエティ番組「ザ・テレビ演芸」の6代目アシスタントとして横山やすしさんと共に司会を務めました。
その番組は、今ではコンプライアンスに引っ掛かりまくるような内容でした。
司会のやすしさんがアシスタントに対して
「おい、ねえちゃん」
と呼んだり、酔っ払ったまま司会をしたりとなかなかカオスな内容でした。
そんな中、堀江さんは自分の立ち位置を確立していきました。
やすしさんが漫才を披露した芸人に対して毒を吐きそれを堀江さんが正す。
やすしさんの「ねえちゃん」に対しても
「いい加減私の名前覚えてくださいよ」
とピシャリ。
物おじしない態度で切り返していました。
当時は大御所芸能人に対してはっきり意見を言う若手は少なかったので、そういうサッパリきっぱりした性格の堀江さんが可愛がられたんでしょうね。
またズバッと意見を言っても可愛がられる堀江さんの人柄も好かれる要因なのでしょう。
まさしく「ジジイ(大御所)キラー」ですね。
堀江しのぶさんの最期
堀江さんの体に異変があったのは22歳の頃。
「もう少し細くなりたい」と始めたダイエット。
その後間もなく腹痛や食欲不振が続きました。
ダイエットの影響かと思っていると腹部に膨隆感があったため病院を受診することに。
医師から告げられた病名は「スキルス胃癌」でした。
スキルス胃癌は、胃の内壁や粘膜ではなく胃壁の中で進行する悪性度の高い癌。
初期段階で発見することが難しく症状が出る頃にはかなり進行していることが多いそう。
余命2ヶ月の宣告を受けた堀江さんですが、両親の意向で本当の病名は知らされてなかったそうです。
それでも気丈に復帰を夢見ながら23歳の生涯を閉じました。
最後の言葉は
「仕事がしたい…」
だったそうです。
5年生存率が10%と予後がよくないスキルス胃がんですが、2024年、効果が期待できるとされる新薬が認可されたそうです。
朗報ですね。
まとめ
今回は堀江しのぶさんが大御所芸能人に可愛がられる理由について調査しました。
自分の言いたいことをはっきりと言いながらもいい距離感で付き合える人って言うのはいつの時代も可愛がられますよね。
大御所と呼ばれる人たちは特に気を遣われることに嫌気がさしてくるってこともあるんでしょうね。
最後までご覧いただきありがとうございました。